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9.5 塑性解析

9.5.1 メカニズムと安全率

終局状態設計法を用いる場合,実際の挙動を有限要素法等で 追跡してその終局状態を予測するのは,材料非線形性の観点から 一般には多くの困難が伴う。 しかもその結果がどういう意味・精度で正しいのかの判断は極めて難しい。 有限要素法等をあまり用いずに, 最終状態だけをある程度の精度で予測し,安全率の範囲を 簡便に求めることができれば,断面緒元等を決定する設計段階では 便利かつ有意義であろう。 有限要素法はそのあと用いればいい。 つまり,それほど厳密に挙動予測する必要は無く, 比較的容易に求められるようなつり合いを満足するだけの解や 幾何学的に適合なだけの場を用いて安全率を算定しようとするのである。 特に,そのような解を用いて安全率の「最大値」と「最小値」を求めようとするのが, この塑性解析である。 ここでは,そのようなアプローチの基礎について述べておく。 まずは基本となる崩壊メカニズムの代表としてのすべり線を紹介する。 次にそれに基づく安全率の評価法について説明しよう。 なおこの節は,Northwestern大学の村教授9.35 (1980年頃当時) による`Plasticity'の講義ノートを参考にした。


9.5.2 すべり線理論

9.5.2.1 基礎方程式

まず崩壊メカニズムをモデル化した最も基本的な考え方を導入する。 構造解析の場合はよく塑性ヒンジと呼ばれるものだが, それについては最後に回し,まずは 平面ひずみ問題での定式化をする。したがってつり合い式は

\begin{displaymath}
\D{\sigma_{11}}{x_1}+\D{\sigma_{21}}{x_2}+X_1=0, \qquad
\D{\sigma_{12}}{x_1}+\D{\sigma_{22}}{x_2}+X_2=0
\end{displaymath} (9.162)

となる。ここに$\fat{X}$は体積力である。材料は剛塑性体とし, 弾性が無く,降伏応力が一定で硬化が無いものとする。 これを,材料の降伏応力を終局状態での応力とみなしていると 考えると,鋼構造の許容応力設計法のように感じられるかもしれないが, 全断面が降伏する状態を終局と考えるので,許容応力設計法よりは 終局に近い状態での設計法に対応していると考えていい。 降伏条件はMisesのそれに従うものとするが, 弾性部分の無い塑性的平面ひずみ の仮定を流れ則の式(9.30)に代入すれば

\begin{displaymath}
0=\dot{\epsilon}_{33}=\dot{\epsilon}\super{p}_{33}
=\lambda\...
...ad
\sigma_{33}=\dfrac12 \left(\sigma_{11}+\sigma_{22}\right)
\end{displaymath} (9.163)

という条件が成立する。 この式と,弾性の平面ひずみの式(3.110)を比べると, 一見して$\nu=\slfrac12$にしたように見えるのは興味深い。 なぜなら,塑性変形には体積変形が無い($\nu=\slfrac12$の材料特性と同) からである。 この条件式(9.163)が成立していれば, 平均応力(負の静水圧)と $\overline{\sigma}$

\begin{twoeqns}
\EQab -p\equiv
\dfrac13 \sigma_{kk}=\dfrac12\left(\sigma_{11}+...
...,\left(\sigma_{11}-\sigma_{22}\right)^2+\left(\sigma_{12}\right)^2
\end{twoeqns}

(9.164)



になる。これから,Misesの降伏条件は

\begin{displaymath}
\dfrac14 \left(\sigma_{11}-\sigma_{22}\right)^2+
\left(\sigma_{12}\right)^2=\tau\subsc{y}^2
\end{displaymath} (9.165)

となる。 少し注意して欲しいが,このような塑性的平面ひずみ状態では, この式から純せん断では $\left\vert\sigma_{12}\right\vert=\tau\subsc{y}$になって いるのに対し,1軸引張りでは $\left\vert\sigma_{11}\right\vert=2\tau\subsc{y}$に なるので

\begin{displaymath}
\sigma\subsc{y}=2 \tau\subsc{y} \qquad
\mbox{(塑性的平面ひずみ状態のMises)}
\end{displaymath} (9.166)

となり,Trescaの関係式(9.57)の方と 同じになっていることに注意する。 対象としている物体に適当な塑性領域を仮定し,そこでは降伏条件が満足されて いるものとして,以上の式を与えられた境界条件のもとに解けば, 考えた塑性状態の解が求められることになる。仮定する塑性領域を種々 検討し,最も安全率が低くなる状態を求めることができれば,それが その対象の真の安全率ということになる。

9.5.2.2 静力学的許容場

ただし,前節の基礎式にはひずみと変位の関係,つまり運動学的な 支配方程式を含めていない。 もちろん弾性抵抗を無視しているから,材料則には降伏条件と流れ則のみが含まれる。 そういう意味では不十分な支配方程式を 用いていることになる。考えようとしているのは, 降伏条件とつり合い式だけであり, 特につり合い式だけを満足するような場 (真の解の部分集合)を静力学的許容場 と呼ぶ。さて,ここで

\begin{displaymath}
\sigma_{11}=-p-\tau\subsc{y} \sin 2\varphi, \qquad
\sigma_{...
...\sin 2\varphi, \qquad
\sigma_{12}=\tau\subsc{y} \cos 2\varphi
\end{displaymath} (9.167)

と置くと,これは常に降伏条件式(9.165)を満足する。$p$は 式(9.164a)で定義した静水圧である。

図 9.47: 降伏条件を満足するMohrの応力円と, 二つのすべり線と最大せん断応力軸・主軸
\begin{figure}\begin{center}
\unitlength=.25mm
\begin{picture}(554,226)(32,-5)...
...5.486)(443.442,71.778)
\outlinedshading
%
\end{picture}\end{center}
\end{figure}

図-9.47の左に示したのは,降伏条件を満足する 応力の組み合わせが作るMohrの応力円 である。この図を見れば式(9.167)が理解できるだろう。 半径が降伏応力$\tau\subsc{y}$になっている。円の上に$\alpha $で示した 最大せん断応力までの向きが$2\varphi$であるから,ここの 応力状態は図の右に示したようなものになる。 つまり$\alpha $線という曲線が$x_1$軸と$\varphi $の角度を持って伸びているが, その方向は図の右上に描いた応力状態図でわかるように最大せん断応力が 作用している面の法線方向になる。同様に$\beta $線も 同様の最大せん断応力が作用する面の法線方向になっている。 降伏状態というのは, この二つの線の向きのせん断応力が最大値$\tau\subsc{y}$になってすべり変形が 可能になっている状態に相当するので,この二つの線をすべり線と呼ぶ。 またMohrの応力円と対応させれば理解できるように,右図のI, IIIと書いた 二つの方向が,最大主応力 $\sigma\subsc{i}$および 最小主応力 $\sigma\subsc{iii}$の方向9.36になっている。 ちなみに,右上の図から明らかなように,$s_\alpha$-$s_\beta$座標系では

\begin{displaymath}
\sigma_{\alpha\alpha}=\sigma_{\beta\beta}=-p, \qquad
\sigma...
...y}, \qquad
(\mbox{$\alpha$, $\beta$については総和をとらない})
\end{displaymath} (9.168)

という応力状態にある。$s_\alpha$, $s_\beta$方向成分を表すのに 下添え字$\alpha $, $\beta $を用いている。この節では, ギリシャ文字の添え字については総和をとらないことにする。

式(9.167)の応力が静力学的許容場で あるためには,つり合い式(9.162)を満足する必要がある。 代入すると

\begin{displaymath}
-\D{p}{x_1}-2\tau\subsc{y} \cos 2\varphi \D{\varphi}{x_1}
...
...}{x_2}
+2\tau\subsc{y} \cos 2\varphi \D{\varphi}{x_2}+X_2=0
\end{displaymath} (9.169)

となる。$\alpha $線方向と$\beta $線方向の座標を$s_\alpha$, $s_\beta$軸としたから

\begin{displaymath}
\D{}{x_1}=\cos\varphi \D{}{s_\alpha}-\sin\varphi \D{}{s_\b...
...{}{x_2}=\sin\varphi \D{}{s_\alpha}+\cos\varphi \D{}{s_\beta}
\end{displaymath}

という座標変換ができるので,こちらの座標系におけるつり合い式に直すと

\begin{displaymath}
\D{p}{s_\alpha}+2\tau\subsc{y} \D{\varphi}{s_\alpha}=
X_1\...
...{y} \D{\varphi}{s_\beta}=
-X_1 \sin\varphi+X_2 \cos\varphi
\end{displaymath} (9.170)

という関係が成立する。外力$\fat{X}$が無いとき,この式は

\begin{displaymath}
\mbox{$\alpha$線に沿っては}\quad p+2\tau\subsc{y} \varphi=...
...beta$線に沿っては}\quad -p+2\tau\subsc{y} \varphi=\mbox{一定}
\end{displaymath} (9.171)

であることを意味する。これはHenckyの定理 と呼ばれている。

ところで式(9.169)で表されたつり合い式は, 偏微分方程式の分類としては放物型になっている。 すなわち波動方程式と同じく,二つの不連続線あるいはwavefrontを 持つことができる。そのような不連続線は,微分方程式の 特性曲線と呼ばれているが,その曲線の方程式を求めると

\begin{displaymath}
\D*{x_2}{x_1}=\tan\varphi, \qquad \D*{x_2}{x_1}=-\cot\varphi
\end{displaymath}

となり,この二つの曲線は上述の$\alpha $線と$\beta $線に他ならない。 すなわち,この曲線に沿って速度(変位増分)に不連続があってもいい場が, ここで対象としている場であり,その二つの特性曲線つまり不連続線が すべり線になっている。

9.5.2.3 例--どのようにして終局強度を求めるか

図 9.48: スリットの入った板を引張った場合の終局状態の例
\begin{figure}\begin{center}
\unitlength=.25mm
\begin{picture}(375,176)(100,-5)
...
...9)(140,68)(133,67)(100,67)\thinlines
%
\end{picture}\end{center}
\end{figure}

式(9.171)を用いて終局強度を求める例を一つだけ 挙げておこう。図-9.48に示したように, 幅$2a$の板の中央に$2h$の幅を残してスリットが 入れてあるものを上下に$T$で引張る問題を対象とする。 数学的亀裂回りの弾性解で算定した相当応力がMisesの降伏条件の 初期降伏応力を超える領域(降伏関数が$f>0$となるため本来は 許容されない領域)を描いたのが,左の図だが,こういった解を踏まえ, また塑性域の実際の拡がりを実験等で観察して, 例えば図-9.48の右図のような塑性域を仮定しよう。 かなり大胆な仮定であることは否定できない。

9.5.2.3.1 OAに沿って:

ここにはスリットが入っているので, 自由表面であり,$\sigma_{22}=0$, $\sigma_{12}=0$である。 したがって, 降伏条件式(9.165)から $\sigma_{11}=\pm 2\tau\subsc{y}$となる。 しかし,OA方向が圧縮である要因は無いので,OA方向は最大主応力方向になる ことから,この符号は正になり, $\sigma_{11}=2\tau\subsc{y}$となる。OA方向が 最大主応力方向であることから, 最大せん断力の$\alpha $線方向は斜め左上向きとなる。 つまり

\begin{displaymath}
p=-\dfrac{\sigma_{11}+\sigma_{22}}{2}=-\tau\subsc{y}, \qquad
\varphi=\dfrac{\pi}{2}+\dfrac{\pi}{4}=\dfrac34\pi
\end{displaymath} (9.172)

である。

9.5.2.3.2 OD上:

ここの応力状態のうち$\sigma_{22}$が 求められれば,この構造が支えられる最大の$T$を求めることができる。 まず$\triangle$AOB内は$\beta $線が右上45度方向に直線になっていて, 扇形のOBC内は,点Oを中心とする円弧状に$\beta $線がつながり, 最終的に$\triangle$OCD内の$\beta $線は右下45度方向への直線に つながるものと仮定する。 したがって,$\triangle$OCD内の$\varphi $ $\dfrac{\pi}{4}$になる。

式(9.171)は,$\beta $線に 沿って $\left(-p+2\tau\subsc{y}\varphi\right)$が 一定であることを示している。 したがって,OA上でのその値と,OD上での対応する値は,$\beta $線を たどれば一定のままになっていなければならない。つまり

\begin{displaymath}
\left(-p+2\tau\subsc{y}\varphi\right)\bigr\vert\subsc{oa}=
\left(-p+2\tau\subsc{y}\varphi\right)\bigr\vert\subsc{od}
\end{displaymath}

である。この左辺に式(9.172)を代入し, 右辺の$\varphi $ $\dfrac{\pi}{4}$とすることによって

\begin{displaymath}
p\bigr\vert\subsc{od}=\dfrac{\pi \tau\subsc{y}}{2}-\tau\subsc{y}
-\dfrac{3\pi \tau\subsc{y}}{2}=-(1+\pi) \tau\subsc{y}
\end{displaymath}

と求められる。これを式(9.167)に代入すれば

\begin{displaymath}
\sigma_{22}\bigr\vert\subsc{od}
=\left(-p+\tau\subsc{y} \s...
...=
(1+\pi) \tau\subsc{y}+\tau\subsc{y}=(2+\pi) \tau\subsc{y}
\end{displaymath}

となる。したがって,ここで仮定した降伏パターンで迎える 終局状態では,上式の応力が幅$2h$の部分に生じていることになる。 そして,その総抵抗力が外力$T\times 2a$とつり合うことになることから

\begin{displaymath}
T\sub{max}=\dfrac{(2+\pi) \tau\subsc{y} h}{a}
=\dfrac{(2+\pi) \sigma\subsc{y} h}{2 a}
\end{displaymath}

が最大荷重となる。 ここでは式(9.166)の 関係 $\sigma\subsc{y}=2 \tau\subsc{y}$を用いた。

もちろん,仮定するすべり線のパターンによって解は違ってくる。 また静力学的許容場の中での解であることから,厳密解ではない。 一般には,次の極限解析の節で議論するように,こういった アプローチによる最大荷重は上界を与える。 またパターンを仮定する作業には,かなりの経験や実験観察の知識が必要である。 しかも,必ずしも連続したすべり線を仮定できるとは限らず, 不連続なすべり線を仮定せざるを得ない場合もあるが, そういった詳細については別途文献[79,92]を 参考にして欲しい。

9.5.2.4 対応する変位増分場

前節のようなすべり線が発生したとして,それが どのような増分変形場に対応しているかについて考察しておこう。 座標の$x_i$方向の変位増分(速度)を$v_i$と記すことにし, その$\alpha $線・$\beta $線方向の速度を$v_\alpha$, $v_\beta$とする。 座標変換則から

\begin{displaymath}
v_1=v_\alpha \cos\varphi-v_\beta \sin\varphi, \qquad
v_2=v_\alpha \sin\varphi+v_\beta \cos\varphi
\end{displaymath} (9.173)

である。応力場は式(9.168)であったから,流れ則から

\begin{displaymath}
\dot\epsilon_{\alpha\alpha}=\dot\epsilon\super{p}_{\alpha\al...
...} \sigma_{\alpha\beta}=\lambda\subsc{pr} \tau\subsc{y}\neq 0
\end{displaymath} (9.174)

となる。ここでもギリシャ文字の添え字については総和をとらない。 プライムは偏差成分を示しており, 剛・完全塑性体なので,塑性ひずみ増分がそのまま適合ひずみ(総ひずみ)増分に 一致することになる。この式から, すなわち,すべり線に沿って伸び縮みが無い上に,その法線方向には 膨張もしないことを示しており, すべり線に沿った純粋な増分せん断場であることがわかる。 せん断変形のみがこの線に沿って不連続になろうとすると 考えてもいい。 この最初の二つの式で表される条件を,$x_1$-$x_2$座標系のひずみとの 座標変換則を用いて表し,さらに式(9.21)の ひずみと速度の関係式を用いると,それぞれ

\begin{eqnarray*}
\dot\epsilon_{\alpha\alpha}&=&\cos^2\varphi \dot\epsilon_{11}...
...
-\sin\varphi \D{v_1}{s_\beta}+\cos\varphi \D{v_2}{s_\beta}=0
\end{eqnarray*}

となり,式(9.173)の座標変換則を代入することによって

\begin{displaymath}
\left.\begin{array}{r}
\D{v_\alpha}{s_\alpha}-v_\beta \D{\v...
...辰 & \dint v_\beta+v_\alpha\dint\varphi=0
\end{array}\right.
\end{displaymath} (9.175)

という関係が成立する。この関係式をGeiringerの式 と呼んでいる。

9.5.2.4.1 前述の例の場合:

前節の例題にこのGeiringerの式を用いて,最低限わかることを示そう。 崩壊の瞬間,CD線の 外側は弾性のまま上方に速度$v$で伸びようとしているとする。 またOD部分は境界条件として動かないとする。この条件を元にして, 仮定した$\alpha $線・$\beta $線に沿ったGeiringerの式の特性を 追跡することによって, 例えばOA部分の斜め左下方向を正とする 速度$v_\beta$ $-\dfrac{3}{\sqrt{2}}v<0$となり, スリット部分が開こうとしていることくらいはわかるようだ。 詳細は別途文献[79,92]を参考にして欲しい。


9.5.2.5 内部摩擦角のある材料の場合

さて砂や岩のように,いわゆる内部摩擦角がある材料の場合も, 同様の解析をして終局強度を求めることがある。 このような材料は,節-9.4.2でも 示したように,Misesの降伏条件のようなものではなく, 平均応力も関与したMohr-Coulombの破壊規準 で終局状態を迎えると考えることが多い。粘着力$c$とし,内部摩擦角$\phi$としたとき,その破壊規準は

\begin{displaymath}
\tau_n-p_n \tan\phi=c
\end{displaymath} (9.176)

で与えられる。ここに,$\tau_n$は, 法線ベクトルを $\fat{n}=\left\lfloor \cos\chi  \sin\chi  0
\right\rfloor\supersc{t}$とする最大せん断応力面上の せん断応力であり,$p_n$はその面の法線方向の「圧縮」 直応力$p_n=-\sigma_n$である。 内部摩擦角の$\phi$$\alpha $線の向きの$\varphi $とを混同しないこと。

Misesの条件を使わないが,図-9.47のMohrの 応力円を用いて応力状態を表現することはできる。ただし

\begin{displaymath}
q= \dfrac12 \sqrt{
\left(\sigma_{11}-\sigma_{22}\right)^2+\left(\sigma_{12}\right)^2}
\end{displaymath} (9.177)

と置くと

\begin{displaymath}
\sigma_{11}=-p+q \cos 2\Psi, \qquad
\sigma_{22}=-p-q \cos 2\Psi, \qquad
\sigma_{12}=q \sin 2\Psi
\end{displaymath} (9.178)

という関係は成立する。ただし,$p$は式(9.164a)で定義した 静水圧である。また$\Psi$は, 最大主応力方向であり,図-9.47 $\varphi+\dfrac{\pi}{4}$に 相当する。式(9.176)の左辺を最大にするような面($\fat{n}$)の向きは

\begin{displaymath}
\chi=\Psi\pm\left(\dfrac{\pi}{4}-\dfrac{\phi}{2}\right)
\end{displaymath} (9.179)

で与えられる。したがって,破壊する状態においては, 式(9.178)と式(9.164b) (9.177)を 用いて破壊規準の式(9.176)を書き直すと

\begin{displaymath}
q-p \sin\phi=c \cos\phi
\end{displaymath} (9.180)

になる。一方,式(9.178)をつり合い式(9.162)に代入し, その特性曲線(不連続線)を求めると

\begin{displaymath}
\D{x_2}{x_1}=\tan\left(\Psi-\dfrac14 \pi-\dfrac12 \phi\rig...
...D{x_2}{x_1}=\tan\left(\Psi+\dfrac14 \pi+\dfrac12 \phi\right)
\end{displaymath} (9.181)

となる。この二本が$\alpha $線と$\beta $線である。 内部摩擦角の影響で,この二本は直交しなくなっている。 以上の関係をすべてつり合い式に代入すると,それは

$\displaystyle \cot\phi\dint q+2q\dint\Psi$ $\textstyle =$ $\displaystyle \left\{ X_1 \sin\left(\Psi+\dfrac14 \pi+\dfrac12 \phi\right)
-X_2 \cos\left(\Psi+\dfrac14 \pi+\dfrac12 \phi\right)\right\}\dint s_\alpha$  
$\displaystyle \cot\phi\dint q-2q\dint\Psi$ $\textstyle =$ $\displaystyle \left\{ -X_1 \sin\left(\Psi-\dfrac14 \pi-\dfrac12 \phi\right)
+X_2 \cos\left(\Psi-\dfrac14 \pi-\dfrac12 \phi\right)\right\}\dint s_\beta$ (9.182)

と書くことができ,Kötterの式 と呼ばれている。$\phi$が零のときには式(9.171)のHenckyの式に 一致する。

さらに,すべり線上で,内部摩擦角が無い場合と同様に純粋な せん断変形しか生じない場合には,式(9.175)のGeiringerの 式に相当する関係は

    $\displaystyle \cos\phi \D{v_\alpha}{s_\alpha}-
\left(v_\beta-v_\alpha \sin\phi\right) \D{\Psi}{s_\alpha}-
\dot{\Psi} \sin\phi=0$  
    $\displaystyle \cos\phi \D{v_\beta}{s_\beta}+
\left(v_\alpha-v_\beta \sin\phi\right) \D{\Psi}{s_\beta}+
\dot{\Psi} \sin\phi=0$ (9.183)

となる。しかし,砂や岩のような材料の場合には,すべり線上で せん断のみならず,膨張(ダイレタンシー )が生じるのが普通である。 つまり,例えばすべり線上の塑性的な変形速度の接線方向成分と 垂直成分の比がダイレタンシー角度$\nu$をなし,$\tan\nu$で表されるとする。 こういった場合の上式に相当する関係式も求められているが, さらに,このすべり線理論に対応する3次元の構成則を求めると, それは節-9.4.3で示した非共軸の塑性モデルの 特別な場合に相当することもわかっている。 つまり式(9.147)のパラメータ$H$, $h_1$, $\alpha $, $\beta $

\begin{displaymath}
H=0, \quad
h_1=\dfrac{\overline{\sigma} \left(\alpha\beta-...
...n\phi, \quad
\beta=\dfrac{\sin\nu}{\cos\left(\phi-\nu\right)}
\end{displaymath}

となっている。等方硬化を含めていないから$H=0$となっていると 思われる。興味深いのは$h_1$が負になっている[54]ことである。 詳細については文献[52,53,54,68]を参照9.37のこと。

図 9.49: すべり線の例
\begin{figure}\begin{center}
\unitlength=.25mm
\begin{picture}(512,106)(28,-5)...
...ject  ...

土木分野での具体例を図-9.49に 示した。左は古典的な問題であるが,押し込み問題と呼ばれるものである。 例えば直接基礎直下の抵抗力の評価のモデルと考えればいい。 図示したのは著名なPrandtlのすべり線パターンであるが, 他のパターン[34]も提案されている。。 もちろん数値解析[112]でも似たようなパターンが現れる。 右に示したのは,活断層直上の堆積砂地盤に発生するずれ変形と 地表の変形をシミュレーションしたものの例である。 活断層の角度にもよるが,図のような主副の二つのすべりが 発生する[90,112]ことがわかっている。 例えば発電タービンを格納する施設は,タービンの安全稼動の観点から その床の傾きがある限度内に規制される。 そのような地表面の変形の予測にも,このようなすべり線理論が使える。


9.5.3 変形の局所化予測

9.5.3.1 引張り試験片のせん断帯発生

図 9.50: 引張り試験片のせん断帯
図 9.51: せん断帯の向き

ここで少し考え方を緩め,式(9.174)の 結論に基づいて局所化した変形 の存在を検討[34]してみよう。 その結論からは,せん断変形が局所化したすべり線は, その線に沿って伸びが無いような不連続線だと定義し直せることになる。 あるいは,その線の法線方向には 伸びない不連続線だと考えることもできるだろう。 つまり式(9.174)から, $\dot\epsilon_{\alpha\alpha}=0$ある いは $\dot\epsilon_{\beta\beta}=0$となるような線がすべり線であると みなすのである。図-9.50のように座標軸を設定し, いま,$x_1$方向に長い円柱状の引張り試験片が その方向に$\sigma_0$で一様に引張られているとする。 そのときに発生するせん断帯が$x_1$軸から$\varphi $$\alpha $方向に伸びるとする。 すると,上述の条件は前節と同様に

\begin{displaymath}
\dot\epsilon_{\alpha\alpha}=\cos^2\varphi \dot\epsilon_{11}...
...\dot\epsilon_{12}
+\sin^2\varphi \dot\epsilon_{22}=0,% \quad
\end{displaymath}


\begin{displaymath}
\dot\epsilon_{\beta\beta}=\sin^2\varphi \dot\epsilon_{11}
...
...t\epsilon_{12}
+\cos^2\varphi \dot\epsilon_{22}=0
\eqno{(*)}
\end{displaymath}

となる。応力状態は $\sigma_{11}=\sigma_0$だけで他の成分は零なので, 偏差応力を計算して流れ則に代入すると

\begin{displaymath}
\dot\epsilon_{11}=\lambda\subsc{pr} \dfrac23 \sigma_0, \qu...
...ambda\subsc{pr} \dfrac13 \sigma_0, \quad
\dot\epsilon_{12}=0
\end{displaymath}

というひずみ増分が生じていることになる。これを上式に代入すると

\begin{displaymath}
\tan\varphi=\sqrt{2}, \quad \dfrac{1}{\sqrt{2}} \quad\to\quad
\varphi=54.7,  35.3 \mbox{度}
\end{displaymath} (9.184)

という角度を得る。 巨視的な最大せん断応力の向き(45度)になっていないことは興味深い。 このようなすべり線が多数発生しながら試験片の断面が細くなっていく(絞り) と考えられている。 実は文献[34]でHillは,これを平面ひずみ状態のせん断帯の向きと 述べているが, それは上式($*$)が(塑性的)平面ひずみ状態で得られているからである。

では,式(9.163)のような塑性的平面ひずみが成立する場合を考えて, 上述のような応力の1軸状態にあるとすると

\begin{displaymath}
\sigma_{11}=\sigma_0, \quad \sigma_{22}=0, \quad
\quad \sigma_{33}=\dfrac12 \sigma_0
\end{displaymath}

となる。これを流れ則に代入すれば

\begin{displaymath}
\dot\epsilon_{11}=\lambda\subsc{pr} \dfrac12 \sigma_0, \qu...
...ambda\subsc{pr} \dfrac12 \sigma_0, \quad
\dot\epsilon_{12}=0
\end{displaymath}

というひずみ増分が生じていることになる。 よって上述のひずみ増分の座標変換則とすべり線の定義からは

\begin{displaymath}
\tan\varphi=\pm 1 \quad\to\quad
\varphi=\pm 45 \mbox{度}
\end{displaymath} (9.185)

という解を得る。 この応力状態で敢えて$x_1$-$x_3$面内で同様の基準で 向きを求めると, $\sigma_{33}'=0$なので

\begin{displaymath}
\dot\epsilon_{33}=0, \quad \dot\epsilon_{13}=0 \quad\to\quad...
...quad \cos^2\varphi=0
\quad\to\quad
\varphi=0,  90 \mbox{度}
\end{displaymath} (9.186)

という解も得る。 これを図示したのが図-9.51である。 完全塑性体と簡単なすべり線の定義に基づいた予測ではあるが, 何となくもっともらしいところがすごい。

9.5.3.2 塑性的な膨張がある場合

さて,地盤材料のような塑性的な膨張がある材料のせん断帯発生についても 同様の解析が可能だろうか。 試しに節-9.4.2で紹介した塑性モデルを用いてみる。 式(9.133a)の流れ則を用いて式(9.163)の塑性的 平面ひずみ 条件に代入すると

\begin{displaymath}
0=\dot{\epsilon}\super{p}_{33}
=\lambda 
\left(\dfrac{\sig...
...ght) \quad \to\quad
\sigma'_{33}=-2 \beta \overline{\sigma}
\end{displaymath} (9.187)

となる。 $\sigma'_{11}>\sigma'_{22}$と仮定し

\begin{displaymath}
t\equiv\dfrac{2\sigma_{12}}{\sigma'_{11}-\sigma'_{22}}
\end{displaymath} (9.188)

と定義[42]すると

\begin{displaymath}
\dfrac{\sigma'_{11}}{\overline{\sigma}}=
\beta+\sqrt{\dfrac...
...{12}}{\overline{\sigma}}=
t \sqrt{\dfrac{1-3\beta^2}{1+t^2}}
\end{displaymath} (9.189)

と式(9.187)で表される 偏差応力成分は, $\overline{\sigma}$の定義式を 常に満足する。$\beta\equiv 0$の場合が, 前節の平面ひずみの場合の応力状態に一致する。


表 9.8: $\beta $$\varphi $(度)
$\beta $ $\varphi $, $90-\varphi$
0 45
0.001 45.09
0.0033 45.28
0.01 45.86
0.033 47.85
0.05 49.33
0.06 50.21
0.08 52.01
0.1 53.87

さてダイレタンシーがあるのだから, すべり線上でも単純なすべりではなく,すべり線の法線方向への膨張も 同時に起こると考えられる。 しかしここでは,近似的に前節の式($*$)のせん断帯の発生規準が 成立するものとして,その向きを調べてみよう。 ただし2軸載荷状態を考えて$t\equiv0$とする。 式(9.188) (9.189)を式($*$)に代入すると

\begin{displaymath}
\tan^2\varphi=
\dfrac{\sqrt{1-3\beta^2}\pm3\beta}{\sqrt{1-3\beta^2}\mp3\beta}
\end{displaymath} (9.190)

となる。表-9.8がその結果である。45度を 挟み90度ずれた二つの方向が存在するようになる。 単結晶金属の平面ひずみ引張り試験でも,必ずしも載荷方向から45度の 向きにすべり線が出るとは限らないという実験結果[4]もある。 また,砂や粘土の3軸試験において発生するせん断帯の向きは, どちらかというと載荷方向から45度よりも小さい向きになる 実験結果[143]もあり, 表の角度の片方がそれに相当しているように見える。 ところで前節では1軸載荷状態のようにして算定していたが, この節の誘導からも明らかなように,2軸載荷の応力比に依存せず せん断帯の向きが一意に決まる結果になったことは興味深い, というよりも,どこか変である。


9.5.4 極限解析

9.5.4.1 上・下界定理

前節で導入したすべり線という崩壊メカニズムが発生したとして, その瞬間の外力の最大値をいくつか探し出す方法を以下に説明する。 それに基づいて安全率の範囲を評価しようとするのである。 なおここで説明するのは, 建築分野等で使われている保有水平耐力 の評価法の基礎であり,もちろん橋梁や橋脚の同様の保有水平耐力の基礎的な 考え方である。 対象とする材料は弾・完全塑性体であるとする。したがって

\begin{displaymath}
\dot{\epsilon}_{ij}=\dot{\epsilon}\super{e}_{ij}+
\dot{\epsilon}\super{p}_{ij}=\dfrac12 \left(v_{i,j}+v_{j,i}\right)
\end{displaymath} (9.191)

と分解できるとする。ここに$\fat{v}$は変位増分(速度)であり, 添え字のコンマは次の指標が示す独立変数で微分することを意味する。 このとき弾性成分はHookeの法則

\begin{displaymath}
\dot{\epsilon}\super{e}_{ij}=\dfrac{1}{2\mu} \left(\dot{\si...
...j}-
\dfrac{\nu}{1+\nu} \delta_{ij} \dot{\sigma}_{kk}\right)
\end{displaymath} (9.192)

を満足し,塑性成分はPrandtl-Reussの流れ則を満足し

\begin{displaymath}
\dot{\epsilon}\super{p}_{ij}=\lambda\subsc{pr} \sigma'_{ij}, \qquad
\dot{\epsilon}\super{p}_{kk}=0
\end{displaymath} (9.193)

のように体積変形は発生しないものとする。 また降伏はMisesの降伏条件

\begin{displaymath}
f(\sigma'_{ij})\equiv
\dfrac12 \sigma'_{ij} \sigma'_{ij}-\tau\subsc{y}^2, \qquad f=0
\end{displaymath} (9.194)

に従うものとする。 また仮定として,崩壊時には弾性的な体積変形も生じないものとする。

\begin{displaymath}
\mbox{{\bf 仮定:} 崩壊時には}\qquad \dot{\epsilon}\super{e}_{kk}=0
\end{displaymath} (9.195)

微小変形理論なので, つり合い式は,応力そのものおよびその増分についても同じ形で表されるものとし

\begin{displaymath}
\sigma_{ji,j}+X_i=0, \qquad
\dot{\sigma}_{ji,j}+\dot{X}_i=0
\end{displaymath} (9.196)

となることにする。 ここに$\fat{X}$は体積力である。境界条件は,表面のうちの$S_1$で 変位が規定されており,$S_2$の部分で外力とその増分が

\begin{displaymath}
\nu_j \sigma_{ji}=F_i, \qquad
\nu_j \dot{\sigma}_{ji}=\dot{F}_i
\end{displaymath} (9.197)

で与えられるものとする。 ここに,$\fat{\nu}$は境界表面の外向き法線単位ベクトルであり,$\fat{F}$は 表面外力である。

定義: 崩壊(塑性崩壊) とは,次の条件を同時に満足する状態である。

\begin{displaymath}
\dot{F}_i=0, \qquad \dot{X}_i=0, \qquad
\dot{\overline{\epsilon}}\super{p}>0
\end{displaymath} (9.198)

ここに $\dot{\overline{\epsilon}}\super{p}$は 式(9.26)で定義した累積塑性ひずみである。

つまり,崩壊の瞬間には外力の変化が無いまま,非可逆な塑性ひずみ増分のみが 発生しようとしているものとするのである。 ちょうど弾性の分岐座屈が,外力の変化が無いまま異なる変形パターンへと 分岐できる瞬間であるのに対応している。このとき

定理: 崩壊時には

\begin{displaymath}
\dot{\sigma}_{ij}=0
\end{displaymath} (9.199)

が成立する。

証明: 次のような積分を考えると, 式(9.191)〜式(9.195)を用いれば

\begin{displaymath}
\int_V\dot{\sigma}_{ij} \dot{\epsilon}_{ij}\dint V=
\int_V...
...t{\sigma}'_{ij}
+\lambda\subsc{pr} \sigma'_{ij}\right)\dint V
\end{displaymath}

となる。$\fat{\sigma}'$は偏差応力である。 一方,Misesの降伏条件の 整合条件は $\dot{f}=\sigma'_{ij}\dot{\sigma}'_{ij}=0$であることを 示しているので,上式の被積分関数の第2項は零である。 したがって$\mu>0$である以上

\begin{displaymath}
\int_V\dot{\sigma}_{ij} \dot{\epsilon}_{ij}\dint V=
\int_V ...
...1}{2\mu} \dot{\sigma}'_{ij} \dot{\sigma}'_{ij}\dint V \geq 0
\end{displaymath} (9.200)

という性質を持つことになる。 一方式(9.191)とGaussの発散定理を用いれば,この式の左辺は

\begin{eqnarray*}
\int_V\dot{\sigma}_{ij} \dot{\epsilon}_{ij}\dint V &=&
\int_...
...}_{i}\dint S-\int_V \left(\dot{\sigma}_{ji,j}\right) v_i\dint V
\end{eqnarray*}

とも表すことができるが, 式(9.196)のつり合い式と式(9.198)の崩壊の定義から 上式の積分の値は零になる。したがって正値である式(9.200)の 右辺は零でしかあり得ず

\begin{displaymath}
\int_V \dfrac{1}{2\mu} \dot{\sigma}'_{ij} \dot{\sigma}'_{ij}\dint V = 0
\end{displaymath} (9.201)

が成立する。これは2次形式であり,$\mu$は正の定数であることから, 物体内では崩壊時に

\begin{displaymath}
\dot{\sigma}'_{ij}=0
\end{displaymath} (9.202)

が成立する。また,式(9.195)とHookeの法則から

\begin{displaymath}
\dot{\sigma}_{kk}=0
\end{displaymath} (9.203)

も成立することから,この定理は証明できた。

したがって,式(9.192) (9.195) (9.202)から

系: 崩壊時には

\begin{displaymath}
\dot{\epsilon}\super{e}_{ij}=0
\end{displaymath} (9.204)

が成立する。

つまり,崩壊時には弾性変形は一切生じないことになる。 構造力学的に少しいい加減な表現をしておくと, 崩壊時には塑性変形が数箇所に集中し, それ以外の箇所では弾性除荷のためにほとんど変形が無くなり, 構造全体が壊れると考えればいい。

そこで,二つの場を定義する。一つは静力学的許容場で

定義: 静力学的許容場$\sigma^0_{ij}$ 次式を満たすものとする。

$\displaystyle \mbox{1)}$ $\textstyle  $ $\displaystyle \sigma^0_{ji,j}+m_s X_i=0 \quad \mbox{in $V$}$  
$\displaystyle \mbox{2)}$ $\textstyle  $ $\displaystyle f(\sigma^0_{ij})\leq 0 \quad \mbox{in $V$}$ (9.205)
$\displaystyle \mbox{3)}$ $\textstyle  $ $\displaystyle \nu_j \sigma^0_{ji}=m_s F_i \quad \mbox{on $S_2$}$  

ここに外力$\fat{X}$, $\fat{F}$は一種の設計荷重のようなものと 考え,それに乗じてある$m_s$は安全率のようなもの,あるいは崩壊荷重と 設計荷重の比のようなものである。もう一つは運動学的許容場で

定義: 運動学的許容場$v^\ast_i$ 次式を満たすものとする。

$\displaystyle \mbox{1)}$ $\textstyle  $ $\displaystyle \dot{\epsilon}^\ast_{ij}=
\dfrac12\left(v^\ast_{i,j}+v^\ast_{j,i}\right) \quad \mbox{in $V$}$  
$\displaystyle \mbox{2)}$ $\textstyle  $ $\displaystyle v^\ast_{k,k}=0 \quad \mbox{in $V$}$  
$\displaystyle \mbox{3)}$ $\textstyle  $ $\displaystyle v^\ast_i=0 \quad \mbox{on $S_1$}$ (9.206)
$\displaystyle \mbox{4)}$ $\textstyle  $ $\displaystyle \int_{V} X_i v^\ast_i\dint V>0, \quad
\int_{S_2} F_i v^\ast_i\dint S>0$  

このとき,安全率は

\begin{displaymath}
m_k=\dfrac{\displaystyle
\int_V \tau\subsc{y} \dot{\overli...
...e \int_V X_i v^\ast_i\dint V+\int_{S_2} F_i v^\ast_i\dint S}
\end{displaymath} (9.207)

で与えられる。ここに $\dot{\overline{\epsilon}}^\ast{}\super{p}$は 運動学的許容場における累積塑性ひずみ

\begin{displaymath}
\dot{\overline{\epsilon}}^\ast{}\super{p}\equiv \sqrt{2 
{...
...}\super{p}_{ij} 
{\dot{\epsilon}}^\ast\mbox{}\super{p}_{ij}}
\end{displaymath}

であり,$L$は物体内のすべり線(面)の集合である。 さらに $\left<v_s^\ast \right>$は,そのすべり線上の「ずれ」量, つまり線の接線方向のすべりの向きの速度の不連続量である。

このような二つの場を考えたとき

定理: 真の崩壊荷重が設計荷重の$m$倍,$m \fat{X}$, $m \fat{F}$で あるとすると

\begin{displaymath}
m_s\leq m\leq m_k
\end{displaymath} (9.208)

が成立する。

これが上・下界定理と呼ばれるものである。 つまり,有限要素法等を用いずに算定できる不完全だが力学的に意味のある 二つの場と,前節のすべりのメカニズムとを用いて, 安全率の範囲が求められるというものである。 この範囲が狭ければ有限要素法等は設計段階では不要になるかもしれない。

証明($m_s\leq m$): 式(9.58)のDruckerの 公準の一つの形式として,正解の応力場と静力学的許容場の間には

\begin{displaymath}
\int_V \dot{\epsilon}\super{p}_{ij} 
\left(\sigma'_{ij}-{\sigma^0}'_{ij}\right)\dint V \geq 0
\end{displaymath} (9.209)

が成立する。弾性も塑性も体積変形は崩壊時には生じていないことと 式(9.191)を用いると

\begin{displaymath}
\int_V \dot{\epsilon}\super{p}_{ij} 
\left(\sigma'_{ij}-{\...
...\dot{\epsilon}_{ij}-\dot{\epsilon}\super{e}_{ij}\right)\dint V
\end{displaymath}

となる。これに式(9.204)を考慮して弾性ひずみ増分を消去し, さらに式(9.191)を代入すると

\begin{displaymath}
=\int_V \left(\sigma_{ij}-\sigma^0_{ij}\right) \dot{\epsilo...
...
\int_V \left(\sigma_{ij}-\sigma^0_{ij}\right) v_{i,j}\dint V
\end{displaymath}

となるので,Gaussの発散定理を用いた上でつり合い式を考慮すると, 結局式(9.209)は

\begin{eqnarray*}
\int_V \dot{\epsilon}\super{p}_{ij} 
\left(\sigma'_{ij}-{\si...
...(\int_V X_i v_i\dint V+\int_{S_2} F_i v_i\dint S \right)\geq 0
\end{eqnarray*}

となる。崩壊時には外力は仕事しようとするため, $\int_V X_i v_i\dint V>0$, $\int_{S_2} F_i v_i\dint S>$であることから$m \geq m_s$が 証明できた。

証明($m\leq m_k$): 上の証明の式(9.209)からの3行と 同様の演算をすると

\begin{displaymath}
\int_V\sigma_{ij} {\dot{\epsilon}^\ast}\mbox{}\super{p}_{ij...
...ightarrow\quad=\cdots=
\int_V\sigma_{ij} v^\ast_{i,j}\dint V
\end{displaymath}

となる。ここに$\fat{\sigma}$は真の崩壊時の応力である。 物体内に速度の不連続線$L$があることを考えてGaussの 発散定理を用いると

\begin{displaymath}
=\int_V m  X_i v^\ast_i\dint V+\int_{S_2}\nu_j\sigma_{ji}\...
..._i\dint S
+\int_{L^-}\nu^-_j \sigma_{ji} {v^\ast}^-_i\dint S
\end{displaymath}

となる。ここに$L^+$$L^-$はすべり線$L$をはさむ物体の二面であり, 当然 $\fat{\nu}=\fat{\nu}^+=-\fat{\nu}^-$なので

\begin{displaymath}
=\int_V m  X_i v^\ast_i\dint V+\int_{S_2} m  F_i v^\ast_...
...u_j \sigma_{ji} \left({v^\ast}^-_i-{v^\ast}^+_i\right)\dint S
\end{displaymath}

となるが,線$L$の法線方向の速度は連続しており,不連続なのは線の 接線方向の速度成分である。またその接線方向の応力は,すべり線理論から 降伏応力に達しているので,結局

\begin{displaymath}
\int_V\sigma_{ij} {\dot{\epsilon}^\ast}\mbox{}\super{p}_{ij...
...dint S
-\int_{L} \tau\subsc{y} \left<v_s^\ast \right>\dint S
\end{displaymath} (9.210)

となる。一方,この左辺は

\begin{displaymath}
\int_V\sigma_{ij} {\dot{\epsilon}^\ast}\mbox{}\super{p}_{ij...
...sigma'_{ij} {\dot{\epsilon}^\ast}\mbox{}\super{p}_{ij}\dint V
\end{displaymath}

である。もし運動学的許容場の塑性ひずみ増分が正解の応力場と 共軸であれば,塑性ひずみ増分と応力の共軸性(流れ則)の特性を 表す式(9.34)が成立するが, この二つの場は一致していないので,最低限 $\sigma'_{ij} 
{\dot{\epsilon}^\ast}\mbox{}\super{p}_{ij}\leq
\overline{\sigma} \dot{\overline{\epsilon}}^\ast{}\super{p}$で なければならず,したがって

\begin{displaymath}
\leq \int_V\overline{\sigma} \dot{\overline{\epsilon}}^\ast{}\super{p}\dint V
\end{displaymath}

となる。この応力は降伏条件を満足している部分があるから,結局

\begin{displaymath}
\int_V\sigma_{ij} {\dot{\epsilon}^\ast}\mbox{}\super{p}_{ij...
...tau\subsc{y} \dot{\overline{\epsilon}}^\ast{}\super{p}\dint V
\end{displaymath}

の不等号が成立する。この式の左辺を式(9.210)の右辺で置き換えれば

\begin{displaymath}
\int_V m X_i v^\ast_i\dint V+\int_{S_2} m F_i v^\ast_i\d...
...tau\subsc{y} \dot{\overline{\epsilon}}^\ast{}\super{p}\dint V
\end{displaymath}

となることから

\begin{displaymath}
m \left(
\int_V X_i v^\ast_i\dint V+\int_{S_2} F_i v^\ast...
...int V
+ \int_{L} \tau\subsc{y} \left<v_s^\ast \right>\dint S
\end{displaymath}

を得る。式(9.206)で運動学的許容場がする外力仕事は正と 定義したので,式(9.207)の定義を用いると, この式から$m\leq m_k$が証明できた。 あちこち怪しいが・・・

9.5.4.2 例--どのような予測ができるのか

図 9.52: ノッチのある板の引張り

例えば図-9.52のようなノッチのある板の 引張り強度を調べよう。$m_s$に対しては, 図の中央にあるようにノッチ周辺の材料は無視して,A, B, B', Cの 領域で占める材料で近似する。そして,この領域に, 不連続線を含むすべり線$\alpha $, $\beta $線を描くことによって, 一つ解が

\begin{displaymath}
q = 2\tau\subsc{y}\left(1+\sin\psi\right), \quad
m_sT=2\tau\subsc{y}\left(1-\sin\psi\right)% , \quad
\end{displaymath}

$\psi\simeq 21.5$度 と求められる。したがって,力のつり合いより

\begin{displaymath}
4a m_sT=2\left(2a-\dfrac{a}{\cos\psi}\right)q \quad\to\quad
ms\simeq 1.26 \dfrac{\tau\subsc{y}}{T}
\end{displaymath}

となる。

一方$m_k$については,図の右にあるようにPQ($\alpha $すべり線)に 沿って$v^\ast$の不連続速度が生じるとした上で, それ以外の部分は剛体のままと考える。そういう速度場は, 運動学的許容場の一つになっているので, これを公式(9.207)に代入すると

\begin{displaymath}
m_k=\dfrac{\displaystyle\int\subsc{p}\supersc{q} \tau\subsc{...
...} v^\ast}{2\sqrt{2}aT v^\ast}
=1.5 \dfrac{\tau\subsc{y}}{T}
\end{displaymath}

と算定できる。したがって,上下界が

\begin{displaymath}
1.26 \dfrac{\tau\subsc{y}}{T}\leq m \leq 1.5 \dfrac{\tau\subsc{y}}{T}
\end{displaymath}

と求められる。もし平滑材なら 式(9.166)から $\sigma\subsc{y}=2 \tau\subsc{y}$を 支えられるから,それよりは小さいことが明らかである。 その他の例は文献[92]等を参照のこと。

9.5.4.3 構造力学への応用

9.5.4.3.1 塑性ヒンジ:

ここで誘導された手法を梁や平板に当てはめてみよう。 構造部材の場合には,断面がすべて降伏した場合に, そこを「集中的な(長さの無くなった)すべり線」としてモデル化する。 そのような断面は塑性ヒンジ になったと称される。梁の場合で説明しよう。 梁は,材料が弾・完全塑性体であっても, 根本原理としてのBernoulli-Eulerの仮定は成立しているものとする。 したがって,ひずみは常に線形分布をする。梁には曲げのみが 作用していると考えているので,曲げによって生じた応力が作る軸力が 零になるように中立軸が定義されていると考えてもいい。 演習問題4-12番で 扱った逆三角形断面を例にして,断面が降伏していく様を示そう。

図 9.53: 全塑性モーメント
\begin{figure}\begin{center}
\unitlength=.25mm
\begin{picture}(370,127)(172,-5)
...
...ject  ...

曲げが作用すると,図-9.53の(a)に示したように, 中立軸がやや上方( $z_c=\slfrac{h}{3}$)にあるために, 先に降伏するのは断面下端である。 この状態の抵抗モーメント$M\subsc{y}$降伏モーメント と呼ぶ。 さらに曲げを作用させると,弾・完全塑性体なので図の(b)に示したように, 断面下方は $\sigma\subsc{y}$の部分の面積が増えていくと共に, 軸力が零になるように応力零の軸はやや上方に移動していく。 さらに曲げが進むと断面上端も降伏し,図の(c)のようになる。 このとき $z_y=\left(3-\sqrt{3}\right) \slfrac{h}{4}$である。 さらに極端な状態にまで曲げが進み,断面内には弾性部分が無くなるような 極限を考えたのが図の(d)であり,これをこの断面の終局状態と考える。 このとき $z_p=\left(\sqrt{2}-1\right)\slfrac{h}{\sqrt{2}}$であり,この 状態の抵抗モーメント$M\sub{p}$全塑性モーメント と呼ぶ。これ以上の外力にはもう抵抗ができなくなるので, この断面はヒンジになったのと同じで,折れ曲がるしかなくなると考えるのである。 この三角形断面の場合には

\begin{displaymath}
M\sub{p}=Z\sub{p} \sigma\subsc{y}, \qquad
Z\sub{p}=\dfrac{\left(\sqrt{2}-1\right) b h^2}{3\sqrt{2}}
\end{displaymath} (9.211)

となる。この断面係数$Z\sub{p}$塑性断面係数 と呼ばれている。 幅が$b$の長方形断面の場合は $Z\sub{p}=\slfrac{bh^2}{4}$である。 種々の断面の塑性断面係数は文献[114]を参照のこと。

9.5.4.3.2 矩形の平板の例:

図-9.54にあるような, 厚さ$2h$$2a\times 2a$の平板が4辺共単純支持され, 等分布荷重$q$が載っている場合を例に取ろう。 最初は静力学的許容場を考える。$m_s$倍の荷重をかけた場合の 平板の曲げに関するつり合い式は式(8.21),つまり

\begin{displaymath}
\D[2]{M_x}{x}+2 \D[2][1][y]{M_{xy}}{x}+\D[2]{M_y}{y}+m_s q=0
\end{displaymath}

で与えられる。降伏条件が曲げモーメントで書かれている方が望ましいので, 図の中央にあるように,全塑性モーメントのときの応力分布を想定して, 板厚中心面を境に一様な応力分布を仮定して, 式(8.12)の定義を用いると

\begin{displaymath}
\sigma_{xx}=\dfrac{M_{xx}}{h^2}, \quad
\sigma_{yy}=\dfrac{M_{yy}}{h^2}, \quad
\sigma_{xy}=\dfrac{M_{xy}}{h^2} \eqno{(*)}
\end{displaymath}

と近似する。これを平面応力のMisesの降伏条件に代入すると

\begin{displaymath}
\dfrac13\left(\sigma_{xx}^2+\sigma_{yy}^2
-\sigma_{xx}\sigm...
...
M_{xx}^2+M_{yy}^2-M_{xx}M_{yy}+3M_{xy}^2=3\tau\subsc{y}^2h^4
\end{displaymath}

で近似できる。つり合い式と境界条件を満足するモーメントの解の一つは

\begin{displaymath}
M_{xx}=c \left(a^2-x^2\right), \quad
M_{yy}=c \left(a^2-y^2\right),\quad
M_{xy}=0, \qquad c=-\dfrac14 m_s q
\end{displaymath}

である。このモーメント分布は板の中央で最大になるので,その中央で 上の降伏条件が満足されているとすると,代入して

\begin{displaymath}
3\tau\subsc{y}^2h^4=\left(ca^2\right)^2+\left(cb^2\right)^2
...
...4c^2 \quad\to\quad
c=\pm\dfrac{\sqrt{3}\tau\subsc{y}h^2}{a^2}
\end{displaymath}

を得る。この$c$を前の式の$c$と等値することによって安全率$m_s$

\begin{displaymath}
m_s=\dfrac{4\sqrt{3} \tau\subsc{y} h^2}{q a^2}
\end{displaymath}

のように求められる。

図 9.54: 矩形の平板

一方,運動学的許容場としては,境界条件とたわみと曲率の関係を満足する たわみ増分$\dot{w}^\ast$として

\begin{eqnarray*}
\dot{w}^\ast&=&c\left(a-x\right) \quad (x>0, -x<y<x), \\
\dot{w}^\ast&=&c\left(a-y\right) \quad (y>0, -y<x<y)
\end{eqnarray*}

と仮定しよう。つまり,図の右端に示したように, 各角から伸びる×印の対角線上にのみ塑性ヒンジが発生し, そのまま逆さまの三角屋根状にたわむとしたものである。 このたわみ増分に対しては,塑性ヒンジの部分以外は除荷された 状態になっているので,ひずみは無い。 あるいは,上で定義したたわみからは曲率(たわみの2階微係数)が零であるため, ひずみが無いと考えればいい。 したがって,式(9.207)の$m_k$の分子の第1項は無くなり

\begin{displaymath}
m_k=\dfrac{\displaystyle \int_L
\left(M_{\xi\xi}\right)\sub...
...aystyle \int_{-a}^a\int_{-a}^a q \dot{w}^\ast \dint x \dint y}
\end{displaymath}

と定義し直せばいい。$L$は×印の塑性ヒンジの線に対応し, その積分は,その線に沿った座標$s$に対して適用するものとする。 また $\left\langle  \right\rangle$はヒンジ線をまたぐ不連続量であるが, 仮定したたわみ増分から $\left\langle\D{\dot{w}^\ast}{\xi}\right\rangle=
\sqrt{2} c$であることと,式($*$)から $\left(M_{\xi\xi}\right)\sub{p}=
h^2 \sigma\subsc{y}$と 置けばいいことから

\begin{displaymath}
(\mbox{分子})=4\times \left\{\left(h^2\sigma\subsc{y}\right) \sqrt{2}c
\times \sqrt{2}a\right\}=16 \tau\subsc{y} c a h^2
\end{displaymath}

と算定できる。 ここでは式(9.166)の関係 $\sigma\subsc{y}=2 \tau\subsc{y}$を用いた。一方,分母は

\begin{displaymath}
(\mbox{分母})=
8q\int_0^a c\left(a-x\right)\int_0^x\dint y\dint x=
\dfrac{4q c a^3}{3}
\end{displaymath}

でいい。結局,この2式より

\begin{displaymath}
m_k=\dfrac{12 \tau\subsc{y} h^2}{q a^2}
\end{displaymath}

となる。したがって上下界が

\begin{displaymath}
\dfrac{4\sqrt{3} \tau\subsc{y} h^2}{q a^2}\leq m\leq
\dfrac{12 \tau\subsc{y} h^2}{q a^2}
\end{displaymath}

という範囲で抑えられたことになる。

9.5.4.3.3 不静定梁の例:

集中せん断外力$S$と集中外力モーメント$C$が作用し, 分布荷重$q$が作用している梁の場合を考えよう。 まず静力学的許容場

    $\displaystyle 1)   M_0''(x)+m_sq=0, \qquad 2)   M_0\leq M\sub{p}$  
    $\displaystyle 3)   \mbox{集中荷重載荷点で}\quad n_iM_0'=m_s S
\quad\mbox{あるいは}\quad n_iM_0=m_s C$ (9.212)

という曲げモーメントの場$M_0(x)$である。 ここにプライムは$x$に関する微分を表し,$M\sub{p}$は 式(9.211)で定義されるような全塑性モーメントである。$n_i$は 式(4.24)で定義された記号である。 一方,運動学的許容場

    $\displaystyle 1)   \dot{\kappa}=-\dot{w}^\ast{}''(x),
\qquad 2)   \mbox{幾..
...w}^\ast=0,
\quad\mbox{あるいは}\quad
\dot{\theta}^\ast\equiv-\dot{w}^\ast{}'=0,$  
    $\displaystyle 3)   \int q \dot{w}^\ast \dint x>0, \quad
\mbox{および,集中外力の載荷点で}\quad
\dot{\theta}^\ast C>0, \quad \dot{w}^\ast  S>0$ (9.213)

というたわみ増分の場$\dot{w}^\ast$である。 $\dot{\theta}^\ast$は 対応する運動学的許容なたわみ角である。 このとき式(9.207)の安全率$m_k$

\begin{displaymath}
m_k=\dfrac{\displaystyle \sum\sub{\mbox{塑性ヒンジすべて}}
...
...ight)
\right\vert\sub{\mbox{集中外力の載荷点}}
}=\dfrac{U}{V}
\end{displaymath} (9.214)

で与えられる。 式(9.207)の分子の第1項が無いのは,次の例で示すように, すべり線,つまり塑性ヒンジを挿入した箇所以外はすべて除荷されて 弾性状態(正確には無応力状態)になっていると するからである。$U$は塑性ヒンジの箇所でメカニズムが 運動学的許容場とする仕事増分であり,$V$は 運動学的許容場と外力がする仕事増分である。

図 9.55: 1次不静定梁の崩壊

例として図-9.55に示した長さ$\ell$の 一様な1次不静定梁を考えよう。 集中荷重はスパン中央に作用している。曲げモーメント図から 明らかなように,荷重を増やしていけば,まず固定端が$-M\sub{p}$に達して そこに塑性ヒンジが発生するだろう。しかしこの段階ではまだ静定構造 (単純支持梁に準じた構造)なので, 安定で崩壊には至らない。さらに荷重を増やすことによって, 次にはスパン中央の曲げモーメントが$M\sub{p}$に達し, そこにも塑性ヒンジが発生する。 これで不安定になり塑性崩壊に至ると考えるのである。

静力学的許容場は,左端とスパン中央の曲げモーメントが$M\sub{p}$に達して 力がつり合っている状態である。 これは図-9.56$M_0$のモーメント図のようになり, つり合いをとると

\begin{displaymath}
R_A+R_B=m_s  Q, \quad M\sub{p}=\dfrac{\ell}{2} m_s  Q-\ell  R_B,
\quad \dfrac{M\sub{p}}{\slfrac{\ell}{2}}=R_B
\end{displaymath}

でいい。三番目の式は,モーメント図のスパン中央より右側の 傾きが右端のせん断力に等しいというものである。これから

\begin{displaymath}
R_A=\dfrac{4M\sub{p}}{\ell}, \quad
R_B=\dfrac{2M\sub{p}}{\ell}, \quad
M\sub{p}=\dfrac{\ell}{6} m_s Q
\end{displaymath}

となることから

\begin{displaymath}
m_s=\dfrac{6M\sub{p}}{\ell  Q}
\end{displaymath} (9.215)

が求められる。このとき,どのようにたわむかについては問わないのが 静力学的許容場である。 降伏条件とつり合い式・力の境界条件のみを満たした解の持つ安全率だ。

図 9.56: 崩壊時の二つの状態
\begin{figure}\begin{center}
\unitlength=.25mm
\begin{picture}(294,190)(176,-5)
...
...ct  ...

次に運動学的許容場は,$M_0$の曲げモーメント図に対応した たわみ状態から,図-9.56の下の図のような たわみ状態に突然変化する場として考えればいい。 つまり,左端とスパン中央は塑性ヒンジになるものの,$M\sub{p}$の 抵抗を局所的に持って(図ではそこに回転バネを挿入して示した)いると 考えるのである。ヒンジ部以外はすべて除荷してまっすぐになると考えるので, そこには曲げモーメントは分布せず,力のつり合いは問わないでいいことになる。 したがって運動学的許容場は, 図示したような折れ線状のたわみへの変化の場になると考えればいいので, 左端とスパン中央に許容場の不連続量が それぞれ $\left\langle\dot{\theta}^\ast\right\rangle=-\dot{\theta}_0^\ast$, $\left\langle\dot{\theta}^\ast\right\rangle=2\dot{\theta}_0^\ast$だけ 発生する。これからメカニズムの仕事増分は $U=
\left(-M\sub{p}\right)\left(-\dot{\theta}_0^\ast\right)
+M\sub{p} 2\dot{\theta}_0^\ast=
3M\sub{p} \dot{\theta}_0^\ast$であり, 外力の仕事増分が $V=Q \dot{\Delta}^\ast$となる。 一方,幾何学的な関係から $\dot{\theta}_0^\ast=
\dfrac{\dot{\Delta}^\ast}{\slfrac{\ell}{2}}$が成立するので

\begin{displaymath}
m_k=\dfrac{U}{V}=
\dfrac{3 M\sub{p} \dot{\theta}_0^\ast}{Q \dot{\Delta}^\ast}
=\dfrac{6M\sub{p}}{\ell  Q}
\end{displaymath} (9.216)

と求められる。以上の解析から

\begin{displaymath}
m=m_s=m_k=\dfrac{6M_p}{\ell  Q}
\end{displaymath} (9.217)

となる。すなわち上下界が一致したことから,「真の」解が求められたものと 解釈されている。本当かな?

  1. 図-9.53に示した三角形断面の$z_y$, $z_p$および塑性断面係数$Z\sub{p}$を求めよ。

9.5.4.4 簡便法

図 9.57: 門形ラーメンの崩壊

梁の例のように,上下界が一致するのは(我々には)変に思われる。 というのも,上界は連続体としてのつり合いが破られる瞬間だからである。 それは置いておけば,構造力学分野における極限解析では, つり合いと降伏条件を満足する場で可能な塑性ヒンジの配置の中から, 最小の上界を与える崩壊モードによって,安全率を求めるのが主流である。 それは,静力学的許容場に整合する運動場が,運動学的にも許容場だからである。 門形ラーメンで例示したのが図-9.57である。 長さは梁も柱も$\ell$で,断面も一様とし, 図の左端のような境界条件・荷重条件とする。 同じ図に曲げモーメント分布も示した。 したがって,塑性ヒンジが発生する可能性が高いのは,図の 中央に示したような七箇所である。このラーメンは3次の不静定であるため, 塑性ヒンジが四箇所に発生した時点で塑性崩壊する。 そこでいろいろな組み合わせで塑性ヒンジの場所を決め, そのときに曲げモーメント図が正しく成立するかどうか(つり合いを 満足するかどうか)を確認した上で,上界定理で$m_k$を求める。 求められた$m_k$のうち,最も小さい数値を与えるメカニズムが 求めたい崩壊モードということになる。それが図の右端のモード9.38であり,このとき $m_k=\dfrac{2M\sub{p}}{P \ell}$になる。 具体的な求め方や その他の例については文献[79]等を参照のこと。

9.5.5 終局状態の選択は正しいか? --進行性破壊

9.5.5.1 いくつかの梁の例

図 9.58: 両端単純支持梁の曲げ

前節の梁や簡便法の例のような,上下界が一致する例をいくつか取り扱っておこう。 まず,図-9.13の両端単純支持梁の3点曲げを 上下界定理で考えてみよう。 この場合は図-9.58のようなメカニズムを考えれば いいので,まずつり合いから

\begin{displaymath}
\dfrac{M\sub{p}}{\slfrac{\ell}{2}}=\dfrac{m_s Q}{2}
\quad\to\quad
m_s=\dfrac{4M\sub{p}}{\ell Q}
\end{displaymath}

となる。一方,仕事を考えると

\begin{displaymath}
U=2M\sub{p} \dot{\theta}^*=\dfrac{4M\sub{p} \dot{\Delta}^*...
...Delta}^*, \quad \dot{\Delta}^*=\dfrac{\ell}{2} \dot{\theta}^*
\end{displaymath}

から(`0'の添え字は省略した)

\begin{displaymath}
m_k=\dfrac{U}{V}=\dfrac{4M\sub{p}}{\ell Q} \quad\to\quad
m^...
...}}{\ell Q}, \quad
Q\sub{ult}=m^{ss}Q=\dfrac{4M\sub{p}}{\ell}
\end{displaymath} (9.218)

のように一致する。しかもこの終局荷重$Q\sub{ult}$の値は, 全ひずみ理論で履歴を追跡して 求められた終局荷重の式(9.20)の$P\sub{p}$とも一致する。 つまり,構造系の場合には運動学的許容場と静力学的許容場の両方を同時に 満足するような場を求めることが可能なので, このように上下界が一致するが, 読者はそれが真実だと信じることができるだろうか。 ある断面が降伏したあと全塑性モーメントに達するまで,そこの材料には 一切損傷が生じないということに疑問は感じないだろうか。

図 9.59: 分布荷重の場合

では,荷重が等分布荷重の場合はどうだろう。図-9.59のように, 対称系である上に,曲げモーメントが放物線分布であることに注意すればいいから, 力のつり合いからは

\begin{displaymath}
-R=-\dfrac{m_s q \ell}{2}=-\dfrac{4M\sub{p}}{\ell} \quad\to\quad
m_s=\dfrac{8M\sub{p}}{q \ell^2}
\end{displaymath}

となる。また仕事は

\begin{displaymath}
U=2M\sub{p} \dot{\theta}^*=\dfrac{4M\sub{p} \dot{\Delta}^*...
...elta}^*, \quad
\dot{\Delta}^*=\dfrac{\ell}{2} \dot{\theta}^*
\end{displaymath}

となることから

\begin{displaymath}
m_k=\dfrac{U}{V}=\dfrac{8M\sub{p}}{q \ell^2} \quad\to\quad
m^{ss}_q\equiv m_s=m_k=\dfrac{8M\sub{p}}{q \ell^2}
\end{displaymath} (9.219)

のように,この場合も一致する。

図 9.60: 両端固定梁の場合

最後に文献[81]にある両端固定梁に等分布荷重が作用した場合を 対象としよう。 この場合も図-9.60のように考えればいい。 まず,対称系で曲げモーメントが放物線分布であることから, つり合いから

\begin{displaymath}
-R=-\dfrac{m_s q \ell}{2}=-\dfrac{8M\sub{p}}{\ell} \quad\to\quad
m_s=\dfrac{16M\sub{p}}{q \ell^2}
\end{displaymath}

となる。また仕事は

\begin{displaymath}
U=4M\sub{p} \dot{\theta}^*=\dfrac{8M\sub{p} \dot{\Delta}^*...
...elta}^*, \quad
\dot{\Delta}^*=\dfrac{\ell}{2} \dot{\theta}^*
\end{displaymath}

となることから

\begin{displaymath}
m_k=\dfrac{U}{V}=\dfrac{16M\sub{p}}{q \ell^2} \quad\to\quad
m=m_s=m_k=\dfrac{16M\sub{p}}{q \ell^2}
\end{displaymath} (9.220)

のように一致する。

図 9.61: 脆性材料の破壊形態
\includegraphics[scale=.6, clip]{f09ult.ps}

さて静定構造系の場合は,図-9.14で その弾塑性挙動を追跡したときのように, ある断面が塑性ヒンジになるまでに断面が小さくなってしまうような 大きな損傷が生じることさえ無ければ, この極限解析で得られる$m$のレベルまで抵抗し続けられるだろう。 しかし,図-9.55や図-9.60の ような不静定構造系で,ある一箇所が先行して全塑性モーメント状態に 至った後,他の断面が全塑性モーメント状態に至るまで,その 先行した断面が健全なままでいられるかどうかについては, 疑問を持つ読者の方が多いと思うのだが,どうだろう。 もともと,平面ひずみ状態の塑性解析・極限解析においては, 選択された終局状態(設定した$\alpha $, $\beta $すべり系や 塑性ヒンジの位置)の違いによって異なる限界荷重の係数$m$を得る。 上下界定理はその係数の範囲を示してくれるから,安全性確保のためには できるだけ下界にある限界荷重を参考にして設計すればいいことを 示唆しているようにも思える。 しかし,この節でも例示した構造系の場合には上下界も存在せず, 仮定したメカニズムに対して一つしか答が出てきていない。 その答が真実かと問われたとき,実は逆に,仮定した終局状態に依存した 一つの可能性が出ただけとは考えられないだろうか。 もしそうだとすると,限界荷重を求めるには,やはり種々の終局状態を できるだけ複数検討しなければならない,ということになる。

9.5.5.2 脆性材料でも全塑性モーメント$M\sub{p}$まで抵抗できるのか?

さて写真-9.61は9階建ての 某建物が,2011年3月11日14時46分のマグニチュード9最大震度7という 東北地方太平洋沖地震で受けた被害の一つである。 場所はその建物の角で,2階の屋上つまり3階床面の柱基部である。 実は4隅共にこれと同等以上の被害を受けた。 被災後3日目なので余震による損傷も加わってはいるが, 直後とあまり違いは無く, 脆性材料のコンクリートがほとんど抜け落ちて鉄筋のみ になっている。こういう断面欠損の『事実』を目にすると, 全断面降伏してしまった断面が,その全塑性モーメントを「維持」して 抵抗していることがとても『真実』とは思えないのではないだろうか。

鋼の場合には靭性が高いため,降伏したあと,かなり大きな変形状態まで 亀裂も入らずに全塑性モーメントで抵抗できそうである。 そのため,例えば図-9.55の1次不静定梁の場合も, 左側の固定端が初期降伏し,その後全塑性モーメントに達したあとも, そのまま継続して抵抗できるとしている。その結果, 終局荷重を式(9.217)のように求めることができ, その$m$の値は

\begin{displaymath}
m_p=\dfrac{6M_p}{\ell  Q}
\end{displaymath} (9.221)

となっている。 しかし鋼構造の場合も,大変形に伴って溶接部が局所的に破壊する等して, 断面欠損と同等の損傷が生じることだってあるだろう。

図 9.62: 低靭性材料:1次不静定梁
\begin{figure}\begin{center}
\unitlength=.25mm
\begin{picture}(201,175)(88,-5)...
...ng)
\put(260,49){{\normalsize\rm 崩壊}}
%
\end{picture}\end{center}
\end{figure}

そこで,この極限解析の結果を料理するために,この不静定梁の左端が 降伏したあとの状況を検討してみよう。 簡単のために,この節では矩形断面梁を対象とするので

\begin{displaymath}
M\sub{p}=\dfrac32 M\subsc{y}
\end{displaymath} (9.222)

という関係があるものとする。 まず左端が初期降伏するのは曲げモーメント図から

\begin{displaymath}
\dfrac{6 m\subsc{y} Q^,\ell}{32}=M\subsc{y} \quad\to\quad
m\subsc{y}=\dfrac{32 M\sub{p}}{9 \ell Q}
\end{displaymath}

である。その後,左端が全塑性モーメントに達したあと中央が 初期降伏するのは,やはり曲げモーメント図から

\begin{displaymath}
M\subsc{y}=\dfrac{\ell m_0 Q}{4}-\dfrac12 M\sub{p}
\quad\to\quad
m_0=\dfrac{14 M\sub{p}}{3 \ell Q}
\end{displaymath}

になる。式(9.221)と比較しても明らかなように $m\subsc{y}
<m_0<m\sub{p}$であるから,図-9.62の右上がりの 曲線のように,終局状態まで荷重は単調に増加することになる。 しかし,それは左端が全塑性モーメントを維持できることを前提としている。

そこで上の写真-9.61のような状況を想像すると, この梁の左端の材料は次第に大きな損傷を受け,断面欠損が生じる可能性は高い。 もしそうだとすると,終局状態では左端の 抵抗モーメントは零になってしまうかもしれない。 つまりその終局状態は,前節の両端単純支持梁の終局状態と一致することになる。 したがって,終局状態の$m$の値は式(9.218)の$m^{ss}$になる。 そう考えると,図-9.62のAの履歴のように, 左端が$M\sub{p}$には達したものの,そこが次第に損傷を受けて 抵抗も小さくなり,結局$m\sub{p}$には達することなく,$m^{ss}$の 荷重レベルにまで落ちてしまうことも予想される。 この$m^{ss}$のレベル9.39残留強度 と呼ぶことにする。

ではこの例で,$m\sub{p}$, $m_0$, $m\subsc{y}$, $m^{ss}$の どのレベルで設計を行うべきだろうか。

したがって,安全率を十分に確保すれば,現行の設計は適切だと考えられる。 ただもし残留強度の$m^{ss}$$m\subsc{y}$より小さい場合には 悩ましいところであろう。

では安全性確保のために,$m^{ss}$で設計するのが好ましいと言えるだろうか。

某電力会社が某発電所で電気設備の設計を誤ってしまったのは, この経済性を安全性よりも優先したことが一つの原因だろう。 だからといって,やはり残留強度で設計すべきだと断言できるだろうか。 とても難しい問題である。 いわゆる「想定」という低級な議論をしないためには, この章で示したような3次元の弾塑性モデルを用いて, 大規模な数値解析によって終局挙動を確認しておくことが最も重要だろう。 ただし,その場合もかなりの困難が伴うが,それについては後述する。

図 9.63: 低靭性材料:両端固定
\begin{figure}\begin{center}
\unitlength=.25mm
\begin{picture}(209,215)(88,-5)...
...ng)
\put(268,53){{\normalsize\rm 崩壊}}
%
\end{picture}\end{center}
\end{figure}

それでは,図-9.60の両端固定梁に等分布荷重が 載っている場合を,同じように考えてみよう。 終局状態の$m$は式(9.220)から

\begin{displaymath}
m\sub{p}=\dfrac{16M\sub{p}}{q \ell^2}
\end{displaymath}

というレベルである。 まず,両端の曲げモーメントの方が中央のそれより大きいので, 最初に両端で$M\subsc{y}$になる荷重レベルを求めると

\begin{displaymath}
\dfrac{m\subsc{y}q\ell^2}{12}=M\subsc{y} \quad\to\quad
m\subsc{y}=\dfrac{8M\sub{p}}{q \ell^2}
\end{displaymath}

となる。ここでも矩形断面の式(9.222)を用いた。 この場合には, 両端単純支持梁の式(9.219)の$m^{ss}_q$に一致してしまっている。 ただ$m\sub{p}$$m\subsc{y}$の2倍もあるため,$m\subsc{y}$に対して1.7の 安全率を設定した場合, それは$m\sub{p}$に対して3.4の安全率を確保したことになっている。 さらに両端が全塑性モーメントに達したあとに中央断面が初期降伏するのは, 曲げモーメントが放物線分布になることに注意すれば

\begin{displaymath}
m_0=\dfrac{40M\sub{p}}{3 q \ell^2}
\end{displaymath}

となる。 断面欠損が一切生じない場合の挙動を示したのが,図-9.63の 右上がりの曲線である。 しかしこの場合も,もし材料が脆性で断面欠損等の損傷が生じる場合には, 同じ図のAの履歴のように,$m\sub{p}$に達しないかもしれない。 あるいはBの履歴のように,左端すら$M\sub{p}$に達することなく崩壊する 可能性もある。 ただ,現行の鋼構造の設計規準のように,$m\subsc{y}$を用いて 安全確保することは適切であると考えてもよさそうだ。 鋼はある程度の靭性を保有し続けられるので,ピーク荷重のような存在を 期待できるから,経済性はともかく, 安全性については現行規準が適切だと断定できそうだ。 しかしコンクリート等のような脆性材料を含む構造の場合には, やはり非線形解析によるシミュレーションが設計時に必要になることもわかる。

9.5.5.3 じゃ,そんな非線形解析が可能ですかぃ?

ただそうしたとしても, あくまでもモデルに基づく数値的な確認であって,100%の安全を 宣言したわけではないことには十分注意する必要がある。 つまり,図-9.63のAやBの 履歴を果たして数値解析で精度良く予測できるかという問題がある。 実はこれははなはだ疑問なのである。 例えば写真-9.61の柱基部のように 鉄筋が現れるまでの挙動に対し, どのようなモデルを構築できるか想像して欲しい。 その履歴においては,材料が次第に劣化していく進行性破壊 を適切に予測できないといけない。 そして変形が大きくなると,ある段階で連続体ではなくなるのである。 その劣化や破壊においては,材料中に微視的な亀裂や空隙が 発生して成長していくため,その発生規準を降伏条件のように定義し, またその成長の発展則を流れ則のように定義しなければならない。 コンクリートや砂や岩のようなグチャグチャな材料に対して そういうモデルを構築することは,人間にはほぼ不可能だと思いませんか。 そういう状況で社会基盤構造物を設計・建設していることを,我々は 十分に肝に銘じておくべきである。

図 9.64: 空隙・亀裂・界面剥離
\begin{figure}\begin{center}
\unitlength=.25mm
\begin{picture}(149,134.16)(199,-...
...1)(228,32)(232,35)(236,40)\thinlines
%
\end{picture}\end{center}
\end{figure}

さて,数多くの実験に基づいて,損傷が次第に変化するような 材料挙動を計測し,そのcurve-fittingによって構築した巨視的な構成則は, その実験条件の範囲内でしか適用できない可能性があるのは明らかだ。 つまり,まず損傷や劣化のモデルには可能な限り物理的・化学的な微視的な モデルを適切に仮定した上で,巨視的な構成則を構築する必要がある。 このような空隙や亀裂等の欠陥の発生と成長については, 現象論的ではあるが損傷理論 というものが用いられることもあるので, それを少しだけ紹介しておこう。 「現象論的」と記したのは,図-9.64に模式的に 示したように,離散的に存在する空隙や亀裂を実際の欠陥として 取り扱うのではなく, それを考慮した平均的な連続体として近似するからである。

例えば空隙が体積比率で$f$だけ存在するとすると,実際の材料(母材と 呼ぶ)の体積比率は$1-f$になる。この母材のYoung率が$E\subsc{m}$だと すると,この空隙込みの平均的なYoung率$\overline{E}$は, 最も簡単なVoigtモデル(単なる体積平均)では, 空隙のYoung率が零なので

\begin{displaymath}
\overline{E}=
f \left[\mbox{(空隙のYoung率)}\right]+\left(1-f\right) E\subsc{m}
=\left(1-f\right) E\subsc{m}
\end{displaymath} (9.223)

になることは理解できると思う。 そこで,「損傷」というパラメータを$D$とし,それが 材料中で何等かのモデルで発生して変化するとしたとき, その材料の巨視的なYoung率を

\begin{displaymath}
\overline{E}=\left(1-D\right) E\subsc{m}
\end{displaymath} (9.224)

として取り扱うのも,そこそこ物理的に意味のあるモデルと感じられそうだ。 ただし,$D$の発生規準を降伏条件のようにして規定し,その発展則(変化の 法則)を流れ則のように規定する必要がある。 これが損傷を考慮した最も簡単な理論であろう。 例えば界面亀裂や空隙は転位(塑性変形)の蓄積の結果だろうから, 損傷の発展則は塑性の流れ則のような履歴依存の増分式になるだろうし, その損傷のdriving forceも物理的考察で適切に導入する必要があるだろう。

同じように巨視的な降伏条件も考えることができる。 母材の初期降伏引張り応力を $\sigma\subsc{y}$とすると, 空隙には降伏応力は存在しないから,平均的な降伏応力は 式(9.223)と同じように考えればいいから, その空隙込みの巨視的なMisesの降伏関数$\phi$

\begin{displaymath}
\phi\equiv \widetilde{\sigma} - \left(1-f\right) \sigma\sub...
...etilde{\sigma}}{\sigma\subsc{y}}\right)^2
-\left(1-f\right)^2
\end{displaymath} (9.225)

とすればいい9.40ことになる。 ここに $\widetilde{\sigma}$は式(9.28)で定義した 相当応力であり,$f$は空隙の体積比率である。 例えば有限要素法で数値解析をするとしても,空隙を無視した連続体で モデル化でき,そこで算定される応力を式(9.225)に代入すれば, 空隙を考慮した降伏を考慮することができる。 ただこれには,空隙がどういう力(driving force)で 発生するかという物理が組み込まれていないが, それについては例えばGursonモデル[28,77] というのがある。 そのモデルの降伏関数は

\begin{displaymath}
\phi \equiv \left(\dfrac{\widetilde{\sigma}}{\sigma\subsc{y}...
...\sigma_0}{2 \sigma\subsc{y}}\right)
-\left(1+q_3 f^2\right)
\end{displaymath} (9.226)

と表される。ここに$\sigma_0$は式(3.38)で 定義した平均応力で,負の静水圧である。$q_1$$q_3$はTvergaardが 定義した材料パラメータで,ある設定した空隙配置の微視的な領域を 有限要素法で解析した結果を用いて,Gursonモデルを改訂した際に 導入されたものである。Gursonモデルでは三つとも1である。 平均応力が含まれているのは,空隙がそういった等方な 引張圧力(driving force)で 発生したり成長したりする物理的観察に準拠している。 この式(9.226)で$q_i=1$ ($i=1,2,3$)で$\sigma_0=0$とすれば, 式(9.225)と一致する。 つまり式(9.225)を一般化したモデルなのである。 実験によるcurve-fittingに比べて随所に物理的考察が考慮されていることが明らかだ。 あとは,空隙が発生する規準と 空隙が成長・合体する 発展則を物理的考察でモデル化すれば, 変形と共に拡がる損傷を考慮しながら,構造の弾塑性数値解析が可能になる。 ただそれでもなお,局所的な応力集中や亀裂先端の特異性は考慮できていない。 また製造過程で界面に生じる可能性のある析出物等も考慮されていない。

一方,鋼の場合にはこういった損傷は考慮する必要が無いと思うかもしれないが, 少し微視的に弾塑性挙動を観察すると,結晶粒の大きさに依存した亀裂発生等で 損傷が生じる可能性もある。 複合材料のように人為的な微視構造を導入した材料でも, その異種材料界面等に亀裂が発生することも 観察されている。付録-Fに書いた 破壊力学によれば,亀裂先端の応力の特異性は亀裂長さの平方根に 深く関係していることがわかっているから, こういった亀裂等を含む材料モデルには,単結晶粒や砂粒子・繊維の 寸法のような長さの平方根9.41が 含まれることも,数理物理から容易に予想される。 このような考察から,そのような長さを特性長さ と称して,構成則に導入することもある。 いずれにしても,常に事実の裏に潜む物理を洞察することが最も重要な姿勢である。 ただし

若手の読者には,どんどん面白い理論やモデルを柔らかい脳の中で 構築していただき,工学の発展に寄与して欲しい。

  1. 図-9.62と図-9.63の結果を確認せよ。


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Iwakuma Tetsuo
Mon, 18 Feb 2013 12:49:55 +0900 : Stardate [-28]8120.79